田舎がなくなった日のこと☆

自然の中に戻りたい。子供のころからずっとそう思い続けてきた。
その思いを現実にするために長い間住む場所を探し続けきたけれど、なかなか実現には至らなかった。

しかし、ことが成就する時というのは突然やってくるもの。1月半ば頃素敵な物件に出会い、旧正月を迎える頃、そこに住まわせていただけることになった。

田舎を出たくなかった私が都会に暮らすことになり、長い年月が経った。まだまだ家は改修が必要で、そこで暮らすには今しばらく時間が必要だが、これからは田舎をメインの拠点にとして生活できることになる。本当にうれしくてワクワクする。

思い返せば東京で暮らすことが決まった日もワクワクはしていた。けれどもワクワクすると同時にとても悲しくさみしい気持ちにもなったことを思い出す。

私が全寮制の高校に在学中のある日、母は突然引っ越しを決め、妹と一緒に都内に引っ越してきた。私が愛してやまない故郷にあった実家がある日突然なくなり、私の実家が東京になってしまった。

母方の祖父母は東京に住んでいたため、私は東京で生まれたし、幼少期は祖父母の家で過ごすことも多かった。一時期は祖父母と住んでいたこともあって、私にとって東京という土地は慣れ親しんだ故郷的な場所であり、とても好きな場所だった。

だから東京に住むこと自体は楽しそうだと思ってはいたものの、大好きな故郷の大好きな家がなくなってしまったことに関しては本当に悲しく寂しい気持ちでいっぱいだった。しかもその引っ越しに関しては詳細を知らされておらず、懐かしい家に別れを告げることもできないまま、家がなくなってしまったということにとてもショックを受けていた。

大好きだった柿の木にも桃の木にも梅の木にもさよならを言えていないのに。

大好きだったひいおばあちゃんを亡くして以来の大きな喪失だった。

母が選んだ物件は東急線沿線の駅の裏にある8階建てくらいのマンション。部屋の大きさは3LDKだった。小さな部屋ではあったけれど駅の裏の建物だったことから目の前に建物がなく、綺麗な夕陽が眺められる風通しのいい心地のいい部屋だった。

都内の物件としては、駅からも近いし、日当たりも眺めもよく、なかなか素敵な住まいだったとは思う。ただ、初めてその部屋に入った時にはあまりの狭さと天井の低さに衝撃を受けた。うさぎ小屋みたいな部屋とはよくいったもので、人間がこんなところに住むなんて。これからずっと私はこんな小さな部屋に住まなければならないのかと愕然とした。

田舎で住んでいた家は田舎にしてはそう大きかったわけではないが、リビングダイニングとして使用していた2部屋の他、大小合わせて6部屋はあった。それが東京では一人一部屋以外に気分や用途に応じて使える部屋がないと知り、本当に驚いた。

しかし人は何にでも慣れるものだ。住めば都とはよくいったもので、時が経つにつれてそれも気にならなくなり、快適に過ごせるようになってきて、いつしかその広さが普通だと感じるようになっていった。

その後もずっと田舎に帰りたいと思ってはいたものの、外国に住んだり、色々な勉強をしたりしていうるうちに月日は流れ、東京で暮らした年月が田舎で暮らした年月を上回ってしまった。

そうして都会にだけ暮らすことがあたり前になった頃、リタイアした祖父母が親戚のつてで小さな家を手に入れて埼玉へと引っ越した。そこで初めて都会に近くて自然がいっぱいある場所というのもあるんだと気づき、高齢の祖父母の近くに住みたいと考えていたこともあって、私も埼玉に引っ越しをした。

自宅周辺にもわりと自然は多いし、頻繁に旅に出て自然の中で時を過ごすこともできる。日々の生活も充実していて、勉強をするにも外国に出かけるにも都合がいい。いつしか、いつか時がきたら田舎に住めればいいか。自然の中に出かけて行きたくなった時には出かけていけばいいのだし。そう思うようになっていた。

そんなある日、「アナスタシア」という本に出合った。その本の主人公アナスタシアが自然の中で自然と共に生きる様に触れ、こころの片隅に眠っていた、いつも自然と一緒だった子供のころのような暮らしがしたい。という思いが一気に目を覚ました。

思えばある日突然自然から引き離されたような形で都会に住むようになってからというもの、こちらでやることがあるんだ。今田舎に行っても自分だけがいい気分になるだけで、大した貢献もできないだろう。それはただやるべきことから逃げているだけなのかもしれない。今自分を必要としてくれている方々がいるのだから、田舎に帰るわけにはいかない。などなど・・・色々な思いがあり、田舎に帰るという選択肢は自分の中からなくなっていた。

でも、やっぱり自然の中に帰りたい。もうこれからは自然の中で暮らしたい。という思いが日に日に募る中、今がその時だ。時がきたんだ。と確信するようになっていった。

それから実際に家を探し始めるまではほんの数日だった。そして家を探し始めて1年8カ月。こんな家があったらな。こんなところにあったらな。と思い描いていたイメージ通りの素敵な物件が見つかった。

見つかるまでには、何度も何度も岐阜に通い、長期滞在もし、本当にたくさんの物件を見てきた。お金も時間も相当かかったが、私にとってとても大切なものを探しているのだし、私にとっての運命の場所がどこかにあるのだからとそう焦ることもなく楽しんで探していた。

ただ、畑をやりたいと考えていたことから、春を迎える前に引っ越しをしたいとの思いがあった。この春を逃せばまた来年になってしまう。探し始めて2回目のお正月を迎える頃にはもうそろそろ住むところを決めたいと思うようになった。

そこでで最後の1ヶ月はもう絶対に1月には引っ越す!と決め、知人、友人、家族と本当にたくさんの方々にもご協力をいただいて気合を入れて家探しをした。そして、1月のある日、家が見つかった。

何十年もの時を経て叶った夢。数日や数年ではなく、私の心の中にずっとあった夢。それが叶った。

あらゆる面で便利になり、何をなすにも何を手に入れるのにもスピードが速くなっている現代。そのリズムやスピードが生命の持つリズムとはかけ離れているのではないかと感じることも多い。

だからこそ、こうして夢が実現するまでに時間がかかったということ自体もとても面白いことであったし、私の人生やいのちのリズムにぴったりのタイミングで夢が叶ったのだと思う。田舎に帰ってこられなかったその間に、田舎ではない場所で様々な経験や学びを経て成長し、私の人生がとても豊かなものになったと思う。

そして田舎を出る時には何も知らず、何も持っていなかった私でも、今なら何か地域の方々や地域の方に貢献できることがあるかもしれないとも思う。

もうすぐ自然の中での生活が始まる。何だか何かが一巡してもとの地点にもどったような、そしてもどったことでゼロになり新しいことが始まるような、とても不思議な気持ちだ。

新しい家からはのどかな田園風景と、美しい山並みが見える。縁側でお茶を飲みながらこれからの暮らしについてゆっくり考えたいなと思う。

2016.2.16の裏山Aさんからの素敵なオファー☆

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